学生の時の話です。
当時通っていた剣道場の同期と街道沿いで夜遅い夕飯を食べ、そのまま八王子方面に車で向かう途中の時のことでした。
走り屋の友人は180SXを運転し、近道だということで誰もいない細い道に入りました。
友人にとっては地元なので裏道も良く知っています。
小さな橋を渡りくねくねとした勾配のある道を登って行きます。
助手席の私は、窓の外を見て話しながら座っています。
すれ違う車も無く、明かりは街灯と乗っている車のライトだけ。
音は走り屋特有のマフラー音。
空には星が見えます。
山道の様な、でも、少し開けたその場所で彼はアクセルを強く踏み空が広く見えた瞬間。
全身に鳥肌が立ち、金縛りかと思うほど身体がガチガチになり震えが止まらない。
運転している友人は、「どうした?何があった?なんだ?」と運転しながら戸惑っています。
私もどうしたら良いかわからず、とにかくこういう時は、陀羅尼(お経)を唱えなさいとばあちゃんに言われていたので無我夢中で陀羅尼を唱えます。
運転している友人はかなり”やばい”と思ったことでしょう。
金縛りと震えが止まらない状態ですが、不思議と恐怖心はありません。
必死に堪えて下を向いていた私がフロントガラスの向こうにある空を見上げると…。
龍神が見えた。
空高いところに、大きなうねりがある気配がします。
半透明な、白とも銀とも言えるその大きな流れは、くねくねと身体を揺らしながら道に沿って車より速い速度で動いています。
その大きな身体の向こうには星が瞬いています。
地鳴りの様な低い声で唸っているようにも聞こえます。
驚きすぎて、言葉になりません。
私はどうやら、その大きな未知の存在を身体が感じ強ばってしまった様です。小さいトンネルを抜け国道が近づくにつれて強ばりは少しずつ解消してゆきます。
友人に今起こったことを話すと、「俺にはわかんね(笑)」と。
彼は不可思議なことを肯定も否定もしない人なので、”わかんねぇことはわかんね。”というタイプです。
龍神がなぜ見えたのか。
自宅に帰ってから、感の鋭い母にこの話をしました。
そうしますと、それは龍神かも知れないと。
母が感じた言葉は…。
森の木。
”水”を吸い、葉になり落葉になる。
水が流れるのは自然の営み。
森の木が多く切られている。
その声を感じて欲しい。
伝えてほしい…。
その龍神様は、木々の声を代弁したのでしょうか。
雨が降り、土に染み込み、木々が吸う。
そして蒸発しまた雲となる。
水の流れを伝えたかったのでしょうか。
当時、その辺一体は宅地開発が進み、木が沢山、伐採されていたそうです。
人の営みも自然の流れ。開発を否定する様な感じではないですが、
森の木々とのバランスを伝えたかったのかも知れません。
この文章を書いていて、20年近くぶりにその道のGoogle mapを見ました。覚えているかどうか不確かでしたが、その道の入り口が見えた途端、鳥肌が立ちました。
当時は夜だったので風景ははっきり見えてなかったのですが、雰囲気は覚えていたんですね。
都内に越してきたので、良き日を選んで車で通ってみたいと思います。